{魔法のヒント N}

20代の頃、私は一人でいることの気楽さと孤独を楽しんでいた。


他人とあまり深く付き合うことは避けていた。

そんなことに使う時間は面倒で無駄だと思っていたからだ。

他にやること(仕事、遊び、スポーツ……)はたくさんある。

浅く、広い人間関係のほうが気楽でいい。

重くないから疲れないし、失って傷つくことも少ない。

できることならずっと一人で気兼ねなく好きなことをして暮らすことを望んでいた。

しかし「人生は暇つぶしのゲームである。」

この結論から人生の意味を理解し考え方が少し変わった。


例えば、仕事や会社が自分を必要としているというのは勘違いだ。

仕事や会社が必要としているのはあなたの能力だけであり、

あなたそのものを必要としているわけではない。

役に立たなければすぐにリストラだ。

もしあなたが大統領か総理大臣、社長だったとしても
代わりになる誰かはいくらでもいる。

でも、親子、夫婦、恋人、兄弟、姉妹、親友、etc……

あなたを愛している人は、あなそのものを必要としている。

誰も代わることはできない。

大した意味も無い人生の中で誰かが、何の価値も無い自分を必要としてくれる。

これはすごく嬉しいことだ。生きるための心の支えになる。

たしかに人間は一人では何の価値もない、存在する意味も無い。

しかし無価値な人間同士が誰かを愛し、誰かに愛され、お互いが相手を

必要とすることにより、そこにはお互いの存在価値が生まれてくる。 


だからこそ愛する人を失った時、人は悲しみ涙を流す。

愛する人を失うということは、同時に自分の存在価値の一部を失うことになるからだ。

人は誰も愛さず、誰からも愛されずには生きられない。

それでは存在する必要がなくなってしまう。

人間は一人では生きられない。

世界中に七十億人がいても、心を閉ざしていればそれは一人と同じだ。

醒めていると孤独になる。

頭でいくら考えても生きることに大した意味はない。

心をオープンにしよう。生きるためには愛と情熱が不可欠だ。

「深い愛情、厚い友情。丈夫な肉体、強い心……」

本当に必要なものはどこにも売ってない。

たいていお金では買えないようになっている。

自分でなんとかするしかない。

一生懸命誰かを愛そう。

もちろん、誰かをいくら愛しても命ははかない、現世には永遠も絶対もない。

傷つくことも、裏切られることもあるだろう。

それでも生きている限りできるだけ多くの人を深く愛そう。

そうすればきっと人生は楽しくなる。

私は人生の意味を知り、やっと愛と情熱の大切さがよく理解できるようになった。


<愛=存在価値>


こういうことだ。


愛する対象は人でなくてもいい。

スポーツ、お笑い、音楽、自然、動物、植物、洋服、車、バイク、本


阪神タイガースの応援、アニメ、フィギュア集め、鉄道、お金儲け‥

ホントに好きなものなら何でもいい。

すべて自由だ。

何かを愛すれば情熱が生まれる。

熱くなろう!


この世界に愛と情熱を注ぐ何かが見つかれば

それが自分の生きる理由になる。



「愛こそがすべて」 byジョン.レノン



これは究極の真実だ!


人間が生まれた時(ゲームに参加した時)

「万人共通の人生の目的」は「暇つぶし」という抽象的な意味しかない。


何かを愛することによってはじめて

「自分は何をして暇つぶしするか。」

具体的な意味が生まれる


そしてその情熱が生きる力になる。


もし世界中を見渡して愛と情熱を注ぐべきものが一つも見当たらないなら

この世界には生きる価値がない。

あなたに生きる価値が無いのではない。

この世界(ゲーム)に生きる(参加する)だけの価値(魅力)が無いというだけのことだ。






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