{魔法のヒント C}

なぜ寿命や死があるのか?


もし人生に達成するべき立派な目的があるなら、死や寿命は必要ない。

長生きすればするほど目標に近づくことができる。


人生の目的が、理想郷,幸福,真理探求、悟り、精神性の向上etc‥‥

目標達成型であるならばタイムリミットが設定されている必要性が分からない。

生きることに意味があるのなら、死の存在にも理由があるはずだ。

ここで一つの仮説を立ててみよう。


「人生は暇つぶしのゲームである。」


この無責任な仮説は、世の中の色々な疑問を説明するのに結構便利だ。

例えば世の中が,ゲームだという仮説を立てれば、

死や寿命についても上手く説明ができる。

まず産まれた時が、その人間にとってのゲームのスタートだ。

突然の死、事故,災害、病気etc‥‥運が悪ければすぐにゲームオーバーだ。

無敵モードは ゲームが面白くなくなるので付いてない。

本気で嫌になったり飽きれば、いつでもやめられる。

どんな面白いゲームでも永遠に続くとなると飽きるので寿命は必要だ。

もちろんゲームに参加した時点で、世の中がゲームであるという記憶は消去される。

人生がただのゲームであり、リセットボタンまで付いているとなると

誰も真剣に生きようとしないだろう。

だから前世,あの世の記憶は消す必要がある。

こう考えてみると、この世界はとてもよくできたゲームだ。


「人生は暇つぶしのゲームである。」


この仮説は大多数の人間にとって心情的には認められないだろう。

しかし死や寿命の存在について論理的に考えると、

アダムやイブが登場するおとぎ話よりは納得できるはずだ。






<ブラウザの「戻る」ボタンでお戻り下さい。>